WWW.WORKING!! #10「明日に向かって吼えろ」

何故か進藤さんに頼られる妃さん。頼られるというより、からまれている感じですが(笑)。いつもは加害者なのに、今回は被害者の役回りなのが珍しい。

今回は、進藤・志保カップルのお話がほとんどでした。いつもは程度の違いはあれど、複数カップルの日常スナップが並列で展開されるのですが、今回それはなし。まぁ過去話が長かったからなー。
人間関係の絡みが深くなると、それをスパッと切って話を進めてくれるキャラが必要なので、妃さんが使われたのかな?。そもそも軽快さが持ち味の作品なのだから、じっとり重い話をされても困るし。

それをいうと、姫ちゃんの存在が凄く作品に清涼感を与えている。姫ちゃんは赤ん坊なので、何もしない。母親に抱かれ、ただ空中で無邪気に、手足をバタバタさせているだけである。その何もしないという周囲と無関係な感じが、人間関係に悩む者たちを、まるで嘲笑うようですなー。
君達は一体、何をしているの?。何を悩んでいるの?。そんなの、あなたたち以外にとってはどーでもよい、何の価値もないことなのだよ、とのたまう、まるで世俗を超越した仙人のようにすら見える。

世界というのは自己中心的なのですよ。何故って、世界は自己の主観によってのみ認識されるものなので、他人の客観は、多分そうであろうという主観の亜種でしかないのですよ。他人からの言葉は、意思伝達の手段として穴だらけで、不誠実で、不完全極まるもので、その上それは結局主観という分厚いフィルターで歪んだ受信機によってしか理解されない。そもそも理解と呼ばれる行為自体、自己主観へのプロトコル変換作業でしかない不毛さであるのは皮肉を通り越して喜劇的ですなー。
故に混乱する。人間関係は複雑になる。誤解が誤解を呼ぶ。相互理解などとんだ茶番です。主観という発信機と受信機での、不完全な意思伝達手段によるラリーが、相互の主観世界を掻き回し、影響を与え合いつつ、混乱を助長します。

しかし、赤ん坊は、こと人間関係の混乱に対し、孤高なのです。そもそも言語を解さないのですよ。自我が未成熟で、相互意思伝達が非常に困難である。不可能に近く、感情伝達が限界である。
故に、赤ん坊とは世俗の超越者である、と言えなくもなくもない。覚者であり佛陀とも評してみましょうか。
姫ちゃんと進藤・志保カップルの対比は、賢者と愚者の両極端な対比であり、作品世界のコントラストを際立たせ、進藤・志保カップルのやり取りや試行錯誤の愚かさをより明確にし、視聴者の笑いを誘う優秀な舞台装置として機能してます。
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