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西郷どん #16「斉彬の遺言」

オマエは、ワシになれ…無理です(笑)。
斉彬様は特別だし、特別だった。才能において、かろうじて追随できるのは、大久保さんくらいかなー?。

世子でありながら、四十代になるまで藩主の座につけなかったという異常事態が、斉彬様を政治家として恐ろしく鍛え上げた。
通常の大名がしない苦労を重ねることで、莫大な経験と駆引きの知恵を得た。
自分の才能に驕り高ぶることなく、常に慎重で、謙虚なまでに冷静な判断力を持ち続けることができた。

同じ、四賢候のひとり、土佐藩の山内容堂様が、とにかく他人がバカに見えて仕方ないくらいの才能がありながら、自信過剰のあまり宝の持ち腐れで、何をやっても空回りした挙句、幕末の動乱期に、ほぼ何もせず終わったってーのと、好対照ですね。

斉彬様の才能の特徴は、マルチであることなんだよなー。あらゆる面で、十分な知識をあらかじめ蓄えており、かつ、それを知恵で活用できた。
それこそ、あるべき国家の将来像からワイロの使い方まで、殿様にあるまじきことまで、何でも知っていた。
だから、斉彬様の判断は、常に十分な知識の下地があってなされるもので、事の成否にかかわらず、内容はとても深い。

一方、西郷どんは、知力でどうしても劣ってしまう。特に産業とか、資本主義のあり方とか、経済を本当に理解していたか、大変疑わしい。
特にワイロが嫌いで、明治維新後の話になるけど、政府をやめた理由の一つが、それだったからなー。清廉潔白なだけでは、国家運営はできない。

だから、結局、西郷どんは幕府を倒した時点で、終わり人で、そこから先がなかった。その先は、大久保さんが、やるしかなかったんだよなー。つーか、その先こそ一番重要だったのだけど。

その意味で、実は、斉彬様の本当の後継者は、大久保さんだったとゆー(苦笑)。

それはともかく、反動の時代がやって来ますよー。
斉彬様が時代から突出して先進的だった分、揺り戻しはとても大きい。

もし、自分がその時代に産まれていたらドッチだったかなー?。
斉彬様の先進性を理解できたかというと、まったく自信ナイワー。とゆーより、むしろ旧弊を愛し、変革を望まない可能性の方が、性格的にアリソー(ナサケネー)。


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