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西郷どん #18「流人 菊池源吾」

 というわけで、おめおめ生き残ってしまった西郷どん。坊主を死なせておいて、自分だけ生き残るとか、マジありえねー。武士にあるまじき生き恥ですな。実際、武士の武士たるゆえんは、死ぬこと以外ないわけで。

 武士は、名こそ惜しけれ…鎌倉以来、武士道の本質ですな。同じ人間なのに、どうして差があるのか?。武士はそれを、誰にでも分かる形で示す必要があります。
 一目瞭然に分かりやすいのが、死でしょう。人それぞれ、頭の出来も違えば、力の強さも違う。ただ死だけが、万人に共通で、本人の持って生まれた資質に関係なく、それゆえに、ここで差異を証明することが、武士が特別であることの証となるわけです。

 なので、死という現象に対して、武士はその扱いにとてもナイーブです。庶民に対しては死を恐れよと教育しつつ、自分たちの子供には死を恐れるなと徹底教育します。
 死という誰にでも訪れる現象を特別視し、まるで武士だけで独占するかのように、飾り立てることで、アイデンティティを確立するのです。

 その死に対し、西郷どんは武士にあるまじき失態を犯した。他の何者よりも率先して、恐れを見せることなく、蕭々と死を迎えて見せなければならない立場にありながら、坊主に後れを取ってしまうなど、当時の価値観として、ありうべからざることです。

 しかも、そればかりか、後を追って死ぬことすらできないでいる。僕には、この時期の西郷どんのメンタリティはどうなっているのか、全く想像がつかないなー。

 無論、この手の臆病さは、何かの仕事を成し遂げる人間にとって必要で、実際、そんな人間ほど、何かを成し遂げています。正直、死んだら終わりですからね。
 死体は誰かの感情に強く訴えかける力を持ちますが、現実に何かを為せるのは生きている人間だけです。

 大きな仕事には、多少の挫折や失敗はつきもので、そのたびにいちいち死んでいたら、命が幾つあっても足りません。だから、一時の恥を忍んで生き残った人間ほど、むしろ経験値が高くなり、何かを成し遂げる場合が多いです。

 という実際の事情はさておき、江戸時代末期の学問により概念にまで昇華された武士という存在のありよう、その価値基準において、西郷どんのやらかしたことは明らかにアウトであって、その辺は心情的にどうだったのかなぁと、個人的には大いに悩まされます。

 それはともかく、やってきました奄美大島。
 実は西郷どん、今まであまり勉強したことがありませんでした(笑)。西郷どんの知識と学問は、島流しにされるたびに増えてゆくという、少々歪な形で練磨されてゆくわけやね。

 砂糖なぁ。薩摩藩の強力な資金源だったからなぁ。だって高く売れるし。何もないところから、お金が湧いて出てくるはずもなく。まぁ綺麗事だけでは済まなかったわけやね。その代わり、島の武士の兵役を免除されてたらしいけど。

 そもそも大河でお約束の、民のためーって嘘のお題目を唱えるから、話の辻褄が合わなくなってくる。実際のところ、愛民や護民という発想はあれども、あくまで国力増強や治安維持のためであって、権利意識という踏み込んだ概念が登場するのは、明治以降のことだからなぁ。
 特に薩摩は、奄美大島に限らず、国中の農民の扱いが苛烈を極めとったわけで。そんな発想ナイナイ。

 まぁ年貢で言えば、実は幕府が一番軽かったという事実。幕府は他藩に対し、統治の見本であらねばならないという意識からか、どれほど赤字になっても、四公六民を頑なに守り続けました。
 そんなわけで、天領には豪農と呼ばれる経済的に極めて恵まれた農民が数多く存在し、その感謝の意からか、最後まで幕府の味方をするわけです。新撰組なんかも、彼らから多くの支援を受けてたよねー。


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