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オカマBar若本「最右翼のスワン」

「見よっ!、この華麗な守備をっ!。」
 そんな絶叫から始まるのが、マッサンのプレイスタイルだ。
 どんな凡フライだろうと、可能な限り格好よく捕球すべし…ってのがマッサンの美学だ。
 なのでマッサンのスタートってのは、とても遅い。見てるこっちの方がヒヤヒヤするほど、ギリギリまで待つ。本人は、タメと呼んでいる。
 で、そこからの全力疾走。コレがビックリするほど速い(本人も、それが自慢のようだ)。165センチの小さな体が、まるで弾丸のようにすっ飛んで行く。
 そして、大きくジャンプ!。頼まれもせぬくせに、不必要に、大きくジャンプだ。しかも決まって、バックハンド・キャッチ。無理矢理でも、わざわざ迂回して大きく回り込んででも、バックハンド・キャッチ。それが鉄則だ。

 返球がまた大したもので、ジャンプして着地するかしないかスレスレの、まだ半分身体が浮いてる状態で、強肩にモノを言わせてスローイング。日々欠かさぬ鍛錬の賜物だ。中継なんて必要ない。それでも球は、強く、真っ直ぐ、チームメイトのグラブに向かって飛んでゆく。30センチとズレない。

 スワニー・ロンド…と、本人が誇称するプレイだ。マッサンは、何でもかんでも、自分のプレイに白鳥の名を冠したがる。野球漫画『巨人の星』に出てきた白鳥の話に、少年の頃、感銘を受けたそうだ。。

 いわく、白鳥は水面上で優雅に泳ぎつつ、水面下では絶え間なく足をもがき続ける。マッサンも、自分のプレイはそうありたいと思ったらしい。表面上は白鳥のように優雅でありつつの、その実、日々の地道なトレーニングの積み重ねみたいな。

 一方、俺は何をしてるかというと、ボーッと突っ立ってる。ライトの隅っこで。邪魔にならないように。何もすることがない。飛んでくる球はことごとく、センターのマッサンが、片っ端から処理してしまうからだ。

 もっとも、俺にとってはありがたい話だ。深夜営業明けの早朝、突然電話で叩き起こされたのだ。今は体調が最悪というか、立ってるだけでも辛い。
 それでも、俺はここに立っている。少し褒めて欲しいくらいだ。これも付き合いなのだ。曲がりなりにも店舗経営をする身として、人間関係を維持はとても重要だ。無碍にできない。
 商売人の心得として、儲け話はどこに転がってるか分からない、と俺は胸に刻んでいる。コネは、商売で大事だ。商売とは、人と人の関係性が、擦れ合う現象の別称だ。その摩擦面より、金は発生する。人はそれを、営業利益と呼ぶのだ。

 もっとも、それはこの古い街ならではなのかもしれない。何時まで経っても顔ぶれの代わり映えしない連中ばかり。助け合いは重要なのだ。暮らしてゆく上で。実利的な面において。

「ノリピー、ちょっとは動くふりくらいしようよ。」
 と、マッサンが軽く駆け足で近づいてきた。笑顔だった。少し気を使ってくれているらしい。
 本来、ライトはイチロー大好きなマッサンの定位置だ。それを譲ってもらっている。野球素人の俺の分まで守るには、マッサンがセンターにいるしかない。悪いとは思っているのだ。

「無理だなぁ。俺は野球なんて、ルールを知ってるだけなんだよ。」
「もったいないなぁ。俺にその身体があったら、プロにだって行けたのに。」

 嘘だ。というか、冗談だ。マッサン独特のプレイスタイルは、プロどころか草野球ですら敬遠される。もっとも、小柄なマッサンからすれば、俺の巨躯が羨ましい気持ちを、そんなふうに表現しただけかもしれないが。

 マッサンは小中高と野球部に所属していた。が、試合には一度も出ていない。
 何しろプレイする目的が、カッコつけたいだけなのだ。野球する目的が、それだけなのだ。
 チームプレイとか、チームを勝たせたいとかは、ない。正直、よく入部を許してもらったとさえ思う。
 サインは覚えない。連携プレイは基本無視。興味があるのは、個人プレイだけ。例えば守備の基本の、球を身体の正面で捕るってことすら、極端に嫌う。
 かと言って不真面目な選手ではないのだ。むしろ大真面目であり、ただその方向がナナメ上を向いている。監督もさぞ困っただろう。

 本人自身、勝つためだけの野球なんてツマラン、と平気で言い放つ始末だ。
 ただ、試合に出れないことだけ、本人は内心、苦にしていたらしい。

 マッサンは、生きた球を捕球したいのだ。ノックじゃ満足できないのだ。ピッチャーが投げ、バッターが弾き返したその球を、追って、追って、追った挙句、華麗にキャッチングしたいのだ。その願望は、なかなかというか、諸条件のハードルが高い。

 使う当てのない技術ほど、虚しいものはない。心が腐りそうになったそうだ。努力して、努力して、凄い技術を手に入れる程、実践の場が欲しくなる。

『どんなに好きでもさぁ、一人じゃ野球はできないんだよ。』
 以前、マッサンがしみじみそう言った。
『自分のチームがあってさ。相手してくれるチームがあってさ。18人そろわなきゃ、野球ってのはできないんだ。誰かに相手してもらうのって、凄く大変なことなんだ。』

 それでもどうにか、チームを作った。マッサンのプレイスタイルを認めてくれる連中が集められた。その中に、俺も補欠として加わっている。マッサンの野球には、周囲の理解が不可欠なのだ。

 マッサンの打席。イチロー大好きマッサンは当然、左打席だ。構えはバント。
 何故バントというと、マッサンが単純に、打撃が下手だからだ。基本的に守備にしか興味がない。とりあえず足には自信があるので、転がしてしまえば何とかなるだろうということだ。スイングするよりマシなのだ。イチローは無関係だ。
 小さい体をより小さく屈めて、バッターボックスに入っている。ストライクゾーンをより狭くしようという努力だ。

 試合をそれなりに、形にするためだ。あまりにも一方的では、今後の対戦カードが組めなくなる。
 マッサンのプレイを許容するチームだけに、味方は勝利への執着心が薄いのだ。ハッキリ言って、弱い。野球は通常、勝つためにやるものだが、試合内容があまりにも一方的だと、それはそれで面白くないものらしい。相手にならないというやつだ。
 だから、負けるにしても、それなりの形にしなければならない。今後のための布石と言ってよいだろう。ナカナカの苦労人だ。やりたいのが打撃だけなら、バッティングセンターだけで満足できたろうに。ちなみに、俺は全打席三球三振だ。

「オカマとタマは、相性が悪いんだよ。」

 とりあえず、そう言ってみた。守備の方も、トンネルばっかりだ。マッサンは、外野に転がってくるようなゴロにはあまり情熱を持てないらしく、三回ほど譲ってくれた。が、球は三回とも俺の股の下を素通りしていった。
 マッサンは、もういいから、できるだけグランドの右端に寄って突っ立ってろと言った。どうやら俺はプレイヤーとして見限られたらしい。身長が高いと、ゴロの処理は難しいんだと言ってみたが、無駄のようだ。俺の場合、屈むタイミングが、どうも球の転がってくる瞬間に合わない。

 まぁ何を言われても、気にすまい。所詮は草野球だ。誰がどのように楽しもうと自由だろう。ひと汗かいて、試合後にみんなでビールを呑んで、楽しく笑って、それで終わり。それ以上、何が必要だ?。
 ちなみに、今回の祝勝会or残念会は、俺の店で実施されることが内定している。対戦チームも含めて、店の売り上げに貢献してもらうことにしよう。俺がこの試合に参加しているのは、街の有志連との関係を良好に維持するのみにあらず。営業活動の一環でもある。

 そうだな。その意味なら、俺も草野球がとても楽しい。



 俺の暮らすこの街は、古い地方都市だ。歴史もそれなりで、平城京・平安京とまではいかないが、そこそこ価値のある重要文化財が、それなりに数があって、意外と思われる場所にあったりする。

「で、なんで俺は呼び出されたわけ?。」
 俺がそう言うと、西村さんは、頭を掻きながら指さした。二台の車。パトライトこそ出てなかったが双方、警察車両だと分かった。まぁ見ただけで分かるのは俺くらいだろうが。
 それらが、とある寺の出入り口をさりげなく塞いでいた。

「なんだ、マッサンの家じゃねーか。」
 と、俺は言った。
 マッサンは、坊主だ。小学生の頃から野球部だったから、ハゲっぱなしだなぁと冗談を言ったことがある。
 そこそこ由緒正しい寺だ。さほど大きくはないが、千年からの歴史がある。マッサンはそこの跡取り息子で、今は副住職だったか?。

「マッサンが立て籠もった。それも重要文化財を人質にして。」
 話を聞いた。単純に言ってしまえば、金だ。オヤジの住職に黙って、寺が保有する重要文化財の数々を、担保にして金を借りたのがバレたらしい。

「俺は、色々奢ってもらった。お前は、店の売り上げに貢献してもらった。他に理由が必要か?。」
 言葉もない。マッサンがようやく集めた草野球仲間。全員、マッサンの生き血を啜るロクデナシ共だったわけだ。無論、俺も西川さんも含めて。
「とにかく、できるだけ事を荒立てたくない。」
「条件は?。」
「重要文化財に傷がつくのは困る。警官がソレをやっちまうのはもっと困る。うちの署長に頭を下げる事態が、全国ネットのテレビ中継なんてのは願い下げだ。やらかすんなら、お前がやってくれ。一般人が重要文化財を壊しちまった分にゃ、ただの事故だ。少なくとも、金で解決できる範疇だからな。警察がやらかしたら、金だけじゃ済まん。」
「一発で自己破産できそうだ。」

 タダより高い物はない。そうそう甘い汁は吸えないってことだ。確かにマッサンの生き血は甘かった。このまま何もしなければ食い逃げだろう。飲食店店主としては、自らそれだけはやらないでおこうと、心に戒めているのだ。



 美しいということは、ただそれだけで絶対肯定に値するものだと、子供心にそう信仰した。無邪気だった分、疑うことさえしなかった。寺で生まれただけに、信仰心が篤かったのかもしれない。

 では、何をもって美しいと判断するのか?。俺は、スポーツをする人間の動きの美しさに、魅了された。躍動する肉体の生み出す、なめらかで、しなやかな連携動作の華麗さに心が震えた。俺は心から、自分がその動きを再現したい、と願った。

 数あるスポーツの中でも、何が一番よかったのか?。野球がいい。それも守備だ。サッカーみたいにゴチャゴチャ動くやつは、性に合わない。美しさに欠ける。
 緊迫した静止状態から、手のひらに載る小さな白球ひとつが、ピッチャーの手から放たれ、高速移動を開始する。それに合わせて、グラウンドに立つ全員が個々に反応し始める。全員の意識が、白球の行方に集中する。

 俺はライトで、白球が来るのを待つのだ。バッターの構えから、何処を狙っているのか予測する。
 バッターが打棒で弾き返す白球は、天高く舞い上がる姿がヤッパリ素敵だ。まるで空そのものを白い点で二つに割るような勢いで、高く高く舞い上がってゆく。
 それを横目に追いつつ、俺はその落下地点へ向かって、ひた走る。全力疾走で、走って走って、走り抜ける。スパイクの歯が千切れるくらいグラウンドを強く踏んで。
 俺は跳びつく。落下する白球に。グラブを嵌めた手を大きく伸ばして。まるで空から落ちてきた、とても大切な何かを、掴むように。
 その瞬間、俺は最高に輝くのだ。

 ハァ、とため息をつく。

 野球をしたければ、チームが必要だ。最低でも、自分たちと対戦相手の2チーム。ひとりじゃ無理だ。やりようによっては、できないこともないが、そこに俺の求める美しさはない。
 チーム維持には、金が必要だ。チーム内の人間関係にも気を遣う。草野球なのだ。チームメイトたちの本業は別にある。元々野球にさほど興味のない連中だ。

 本気で野球をやりたい奴は、そもそも俺をチームに入れてくれない。

 俺は、そんなやる気に乏しい連中を、なだめ、おだて、機嫌を取りつつ、それなりのの練習量を課す必要がある。あまりにもヘタクソだと、対戦カードが組めないからだ。せめて負けるにしても、試合の形にならないと話にならない。

 ハァ、とため息をつく。俺は隣に鎮座される、鎌倉時代作、木製如意輪観音坐像に愚痴を言う。
「アンタに野球が出来たらなー。」
「いや、そりぁ無理だろ。てゆーか、坊主が観音様に向かってアンタ呼ばわりは、罰が当たるんじゃねぇの?。」
 ガタガタと建付けの悪い宝物殿の雨戸をこじ開け、見上げるような巨漢が身を縮めるようにして中に入ってきた。
 身長は二メートル近く、体重は優に百キロを超えている。その姿は顔も含め、人間というよりマウンテン・ゴリラに近い。それがこともあろうに女装をしている。凄まじい外見だった。もし幼い子供が見たら、その場でショック死しそうだ。

「ノリピー、何しに来たんだよ?。」
 俺はうんざりした口調で問う。
「あー、善意の第三者による説得?。みたいな?。っつてぇ、ガソリン臭せぇな。」
「そりゃ、ガソリン撒いたからなぁ。」
「あー、とりあえず、興奮してないようで何より。」
「何よりじゃねぇよ。こしかたに思いを馳せつつ、今最後の時を迎えようとしてるんだから、邪魔すんなよ?。」
「死ぬのかい?。」
「まぁ前向きに検討してるところだねぇ。」
「やめとけばいいんじゃねぇかな。焼死は熱いし、苦しいし。まぁ心頭滅却すれば火もまた涼しってから、坊主は平気かもしんねぇけど。」
「ああ、それウチとは宗旨が違うから。ていうか、むしろ不倶戴天の敵?。」
「知らねぇよ。自分で言っといてなんだけどさぁ。じゃあそれは別にしてさぁ。仏像を道ずれにしちゃマズイってことで諦めるのはどうよ?。」
「じゃあって何だよ?。軽くねぇか?。結構見た感じと違って、こちとら真剣だから。そこそこ切羽詰まってんだよ。そのヌルイ感じで説得してくるのやめてくんねぇか?。緊張感台無しだよ。」
「いや、台無しになってくれると、こっちとしても願ったりかなったりだねぇ。ありがたい限りっていうか、狙い通りっていうか。」
「狙い通りって、俺に言っちゃダメでしょ。マジで緊迫感がなくなってくるわぁ。主にノリピーの女装が。色々台無しにしてぜ。」

 ノリピーと、俺の間隔は狭まらない。一足飛びには近づけない微妙な距離を保っている。さすがノリピーは油断しない。フザケタことを喋りつつも、要所を外さない。このしたたかさを、野球にも生かしてくれりぁよかったものを。

 俺は、右手でチャッカマンを弄んでいる。そして周囲にはブチ撒かれたガソリン。
 俺は、人差し指だけのワンアクションで、全てを終わりにできる。

 緊張感はある。さっき言ったのは大嘘だ。まるで塁にランナーを背負ったピッチャーの気分だ。俺は牽制球をチラつかせることで、ノリピーを塁に釘付けしている。視線は絶対、ノリピーから切らない。

 ノリピーもそれが分かっている。慎重に呼吸を計っている。それが分かる。ひょっとして、盗塁の才能があるのかもしれない。しかしノリピーのバッティングセンスじゃ、一塁も踏めないから、宝の持ち腐れか?。

「どうしたら、諦めてくれるかなぁ?。」
「じゃあ、ノリピーの店で使った金を全額、即刻返してくれねぇかな?。」
「それは無理。」
 そこだけは、キッパリ即答しやがった。いや、そう来るとは思ってたけど、チョット腹立つ。

「金以外で何とかなんないのかよ?。」
「金だけだよ。むしろ金しかねぇよ。金だけのためにこうなって、この有様なんだよ。」
「蒸発でもするか?。消すとか探し出すとか俺、得意なんだよ。ツテもあるしなぁ。なんだったら、俺の店で、顔を変えてオカマやるとか。」
「それだけは絶対、嫌だ。」
「結構、気楽だぞ。オカマ。なんかもう、男として失うものなんかなくなりましたーって感じで。」
「いやそこまで堕ちたくねぇよ。てゆーかそれ、堕ち切ってるよ。どん底に着いちゃってるよ。失うものがねぇって、本当にねぇじゃねぇか。大切なものがよ。」
「あー、俺はまだ残ってるぞ。残したままでも結構大丈夫だよ。それっぽい演技と努力次第で、何とかやっていけるから。」
「それ本当に最後の砦じゃねぇか。男として最後に守るべき、残された秘境のことじゃねぇか。」

 ノリピーの目が、チラと動く。俺は、それに気づく。ノリピーの身体から視線を切らさぬよう、目の動いた先を確認する。

 消火器がある。当然だ。それは、ここにあるべきものだ。木造家屋であり、中には重要文化財が山ほど納めてあるのだ。ない方がおかしい。というか、俺はそれを知っていたはずだった。

 気が付かなかった。失態だった。寺の人間なら、真っ先に思い至るべきだった。このことを思い至った時点で、ここに入って真っ先に処分しておくべき代物だった。
 俺は、いかに自分が坊主としていい加減だったか、事ここに至って、初めて自覚した。何もしてこなかった。住職であるオヤジに言われるがままに、日々の作務をこなし、流れ作業のように暮らしてきた。

 俺が自分で考えたのは、メンバー集めと、練習スケジュールの調整と、対戦チーム探しと、試合日程と、グラウンドの予約と、試合当日の天気ぐらいだ。

 ノリピーが、ピクリと動く。盗塁を決意した反応。それが分かる。反射的に、人差し指が動いた。チャッカマンに火が付き、それがガソリンに引火して、一気に燃え広がる。ノリピーがダッシュ。消火器にではない。俺に向かって。真っ直ぐ。ガソリンの火が、俺まで燃え移る。ノリピーは、まるで床に落ちてるゴミのように俺を拾う。首根っこをヒッ掴んで、ブン投げる。

「白鳥が、焼き鳥になっちゃ駄目だろ!。白鳥はおとなしく、池にでも浮かんでイヤガレ!。」

 バカン、と物凄い音がして、身体に衝撃を受けた。
 俺は空中を舞いながら、雨戸と一緒に吹っ飛んでいった。放物線を描きながらスッ飛び、寺の池へ、ボチャンと落ちた。
 ストライク、と俺は思った。とんでもないノーコンのくせに、人間投げる方がボールよりコントロールいいとか、ふざけた男だ…オカマだ。

 俺は勢いよく池に沈み、すぐ底を蹴って上半身を池の上に出す。火はすでに消えていた。すると、
「もうダメだー!。」
 という叫び声が聞こえた。ノリピーの声だ。と同時に、空になった消火器が宙を舞った。
 ノリピーが、宝物殿から出てきた。背中に、重要文化財を山盛り乗せていた。その量は、本人の体積の数倍はある。仁王が見たら、裸足で逃げだす凄まじい剛力だ。火事場の馬鹿力ってのを初めて見た。そのまま猛烈な勢いで逃げだす。
 逆に、待ち構えていた数人の男達が、手に手に消火器を持って、宝物殿の中へ飛び込んでゆく。

 ハァ、とため息をつく。これからどうなるのか分からない。とりあえず俺は死にそびれたらしい。力なく背伸びして、身体を仰向けに池へ浮かべる。そして、何となく思う。

 別に足を動かさなくても、水に浮くじゃん、ハクチョウ。



「オーライ、マイボール。」
 そう叫んで、俺はボールをキャッチした。何てことない凡フライだ。俺の望むべき芸術的なプレイには程遠い。それでも、野球は野球だ。俺は今、幸せだった。

 結局、宝物殿は軽いボヤだけで済んだ。焼け落ちるまでには至らなかった。重要文化財たちも、大部分は無傷だ。少々コゲたり、消火液まみれにはなったらしいが。俺の方も、軽いヤケドで済んだ。

 結局、重要文化財たちは、競売にかけられたらしい。俺のしでかしたことだけに心が痛んだが、住職だったオヤジは、重要文化財だけでなく、寺をまるごと売りに出した。息子の不始末に愛想が尽きて、仏門に留まる気がサッパリなくなってしまったらしい。

 前代未聞の出来事に、一時はメディアを騒がせたらしいが、法的には何の問題もないので、公的機関から多少の苦情はあったものの、無事売却が終了したらしい。落札したのは、どこかの新興宗教の団体らしいが、詳しくは知らない。

 親父は、その金をもって、どこかへ消えた。行く先は知らない。多分、もう二度と会うことはないだろう。

 俺は、刑務所送りになった。別に、凶悪犯ではないので、扱いは酷くない。客観的に見て、自分の家でチョット火遊びした程度のことだ。重要文化財を燃やそうとしたのは大問題だったが。まぁ関係者各位におかけした迷惑には、大変申し訳ないと思っている。

 俺は、刑務所内で野球チームを作った。メンバー集めには苦労しなかった。全員、暇を持て余している連中なのだ。刑務所の外での、今までの苦労は何だったのかと思いたくなる。
 連中は練習熱心だった。俺流のプレイにも文句を言わない。むしろ俺のマネをしたがった。俺のプレイは、彼らを感動させたらしい。それ以来、俺は毎日、朝から晩まで野球のことばかり考えている。プレイ時間に制限はあるが、外にいるよりはるかに野球に対して自由でいられた。

 俺の幸せは、こんなところにあったらしい。この楽園から、一生出ていきたくはないものだ。

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