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アンゴルモア 元寇合戦記 #01「率土の最果て」

 一所懸命…これが正しい言葉である。

 一生懸命などという言葉は、そもそも存在しない。
 誤りなのである。一所懸命という四文字熟語を書けない人間が、単に語音が似ているだけの理由で、書き間違えたことが、語源だからである。ただの当て字なのだ。意味が通じていない。
 重複(ちょうふく)と読めない人間が、(じゅうふく)と読み間違えているのも似た例だろう。

 英語で例を挙げるなら、自動車で、MTと表記されているのは、マニュアル・トランスミッションの略である。マニュアルという簡単な英単語も出てこなかった人間が、ミッションとよく読み間違っている。ちなみにATは、オートマチック・トランスミッションの略である。
 ミッションミッションと九官鳥のように、何も考えず喚く連中に対し、どんな意味だと問いただしたくなる。悪貨が良貨を駆逐する典型的な例だろう。

 しかし、英語圏に対し、日本では、自動車のマニュアルのことを、ミッションと呼ぶようになったので、英単語の意味を変更しろと主張するのだろうか?。
 そんな人間がいたら、ハッキリ言って頭がオカシイ。異常者という言葉すら生ぬるい。誇大妄想狂の人格破綻者と呼ぶべきだろう。


 時代によって、言葉は変わるものかもしれない。しかし、それは喋り言葉に限定されるべきだろう。意味として間違っているなら、それはもはや言葉とは呼ばない。

 何故なら、言語とは、意思伝達のツールだからである。
 意味をなおざりにしては、そもそもツールとしての機能を果たさない。言葉とは、意味こそが存在理由の全てであろう。

 喋り方に関して言うなら、今現在使われている、語尾を奇妙に上げる口調は元々、顔を真っ黒に厚塗りした一部の女子学生たちが使い始めたものである。
 それが拡散し、今や喋り言葉の手本となるべき公共放送のアナウンサーすら、口にしている始末である。

 ハッキリ言って、現状、頭痛しかしない。正直、発狂した世界の中で生きてる気分だ。

 しかし、それはまだ我慢できる。何故なら、意味だけはとりあえず通じるからだ。それならば最低限、意思伝達ツールとしての機能を果たしていると言える。

 しかし、文字言葉は違う。ましてや、アルファベットならまだしも、漢字である。漢字はアルファベットと異なり、一文字一文字に意味が付加されている。

 造語するのは構わない。新規の概念・発想の表記が必要になった時、それをするのは必然の作業であるからだ。
 しかし、意味は整合させねばならないだろう。何故なら、その一点にこそ価値があり、それこそが言語の、言語たるゆえんだからだ。


 743年。墾田永年私財法が発布された。

 日本で、土地の所有が認められた瞬間である。世界史的に見ても、かなり早い段階での画期的な事件だった。

 土地の私有が許される。それは、人間が個人であると認められた瞬間といっても過言ではない。人間が人間である。私が私である。土地を個人所有するというのは、そういうことなのだ。

 律令国家において、個人は個人ではない。モノだ。誰かの所有物だ。その辺に生えている木と何ら変わりない。そもそも人間として扱われない。公式上では、そういうものなのだ

 だが、土地を所有するということ。己が踏む地面を、我が物として私有すること。それは、一個の人間として認められた証である。個人として公式に社会から認められる現象と、土地の所有は等価なのだ。

 人間の尊厳は、そこから始まる。個人として社会公認される時代の始まりである。

 守るべき土地がある。そこで暮らす家族がいる。ならばこそ、その『一所』を懸命に守る。その『一所』こそ己の全存在をかけるに値する天地である。

 単なる私有財産ではない。魂の拠り所である。他人にとってはどうでもよいかもしれない『一所』。自分以外には何の価値もないかもしれない『一所』。

 だが、その『一所』を守るため、懸命に生きることが、人間を人間たらしめる。逆説的に言うなら、その決して譲れないただ『一所』を守る者こそ、人間と呼ぶのだ。

 やがて、その生きざまが、人生観を生む。人間としての生き方が、その精神性が高められる。
 その者たちを、のちに武士と呼ぶようになる。

 武士は名こそ惜しけれ。卑怯な真似をするな。みっともない行動をとるな。

 世間は、社会は、常に監視している。その者が個人として認めるに値するか?。尊重するに値するか?。値踏みするのだ。
 その緊張感が、人としての行動規範を、モラリティを醸成する。

 『一所懸命』とは、単なる言葉ではない。武士の魂であり、引いては日本人の精神の根源となるべき、最重要の言葉なのだ。


 それを、一部の自称言語学者なる、犬畜生にも劣る糞虫ケラ以下のゲスが、踏み躙った。言葉の意味も、そこに込められた魂も、いっさい理解することなく、『一生懸命』なる、無知による書き間違いが語源の言葉を公認した。

 一生懸命?。何だそれは?。どういう意味だ?。『一生』ずーっと懸命に生きろというのか?。そんなことができるか、クソムシケラ。

 人間は、『一所』を守るだけが精いっぱいの生き物なのだ。
 今となっては、別に土地とは限らない。決して他人には譲れない大切なもの。物だったり、家族だったり、精神的な何かだったり。
 人間の尊厳とは、ただ『一所』を守るだけで良いし、それで成立するものなのだ。

 それほど、重要な言葉である。さほどに重大な言葉である。

 だというのに、近年では国営放送ですら、字幕に一生懸命と表記する始末である。一部のライター連中も、平気で使用する。
 そんな連中に言いたいのは、ただ一言。

 死ね!。


 あー、スッキリした(笑)。いや、この件に関しては、ずーっとハラワタ煮えくり返っていたもので(笑)。

 そんなわけで、義経流の朽井さん。なんだかワケありで対馬へ流人として護送されたと思ったら、思わぬ歓迎を受けてますよ?。白い巨大鮫までお出迎え(笑)。

 アリエネーと思ってたら、ちゃんと裏があったようで。元寇でした(アーア)。
 その大軍から対馬を守るために戦えと。なんという無理ゲー(涙)。

 とか思ってたら、突然、敵の先行部隊にお姫様が攫われちゃうことに。

 騒ぎを知った朽井さんは咄嗟に、牢屋に火を放って巨大な篝火とし、敵を照らし出すことに成功。タイマツ程度じゃ、森の深い闇に隠れる敵は、見つかんないもんね。光量が足りなさすぎ。

 朽井さん、戦い慣れしてるなぁ。何のかんのいって、やっぱり特別に選ばれた人のようです。

 タダの喧嘩同然の小競り合いを戦争と勘違いするお姫様と、戦争の本質を知る朽井さん。
 今後の衝突は必至か?。

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