FC2ブログ

記事一覧

オカマBar若本「死ぬ男」

「感謝する。」
 そう言われたいと思った。気遣いとか思いやりではなく、正当な仕事の評価として。疑うことなく感謝の言葉を素直に受け取れたとしたら、最高の気分だろう。やりがいのある仕事と感謝の言葉。俺の幸せはそこにある。

 腹にナイフが突き刺さっている。傷口から、血が信じられないくらいドクドク流れ出している。自分の中に、これだけの量の血があったことに、今更ながら驚く。
 腹が、熱い。そして信じられないくらい、痛い。

「こちらこそ感謝を。」
 そう言いたかった。しかし、唇がうまく動かない、舌が麻痺して呂律が回らない。聴覚も半ば死んでいる。自分の言葉が自分に聴こえない。俺の言葉がキチンと伝わったか心配だ。でも伝わらなくとも別に構わないと思い直す。俺が言いたかっただけだからだ。

 俺は笑おうとした。恨んでないことを伝えるために。感謝してることを伝えるために。頬が引き攣って表情が作れてるか分からない。だが少なくとも俺は笑ったつもりでいる。俺の笑いたいと思っている気持ちが、せめてこの人にだけは伝わればよい。そう心から願う。

 これが俺の、理想的な死に方なのだ。



「よう。」
 と、気軽に声をかけ、ダンヒルのスーツの男が、店内に入ってきた。

 この店の名は、オカマBar若本。そして俺の名は若本。この店のオーナー兼ママだ。店内では大抵ノリピーで通ってる。

「いらっしゃい。」
 と、俺も気軽に挨拶を返す。常連だ。気を使う相手じゃない。
 革靴は相変わらずのクロケット&ジョーンズ。ほどほどの値段と、クラシカルなデザインが気に入ってるらしい。アルマーニやグッチといった類の、実質よりブランドが先行するツールを嫌う男だった。実用性という言葉を好む男だ。実質を離れて華美に傾くのを嫌う傾向がある。

 男が、カウンターのスツールに腰を下ろすと、ミシリと小さくスツールが鳴った。見かけと違い、かなり重い。見た目以上に鍛えている。身長百八十センチ、体重九十キロ。その肉体は今、ダンヒルのスーツの下へ完璧に隠されている。

 人当たりのよい笑みを常に浮かべている。但し作為的に、だ。騙されて近寄ってきた獲物を喰らうための擬態だ。奇妙な気やすさと、内に秘めた軽視を許さぬ気迫が同居する、本質的には怖い男だ。

「ご注文は?。」
 と俺は問う。
「ダルマのストレート。ノーチェイサーで。ツマミはベーコンの黒コショウ炒め。」
 いつものメニューだった。

 この男は、何かにつけ混ぜ物を嫌う。酒もそうだし、ツマミもそうだ。酒はストレートしか飲まないし、ツマミは黒胡椒をまぶしただけのベーコンだ。

 ウイスキーを本当に味わう飲み方は水割りと相場が決まっている。そう教えても、この男は一向に注文を変えない。どうやら水割りを、水増しと思ってる節がある。チェイサーすら断るのだ。俺の店ではせっかくチェイサー用に、常温のミネラルウォーターを用意してるのに頼んだためしがない。先入れでも後追いでも、水増しは水増しと思い込んでいるようだ。

 俺はサントリー・オールドを生のまま、指二本分ほどグラスに注いで、コースターに乗せて出した。男はすぐグラスを傾け一口含み、ストレートの強い香りを楽しむ。俺はそれが、過去の記憶からくる鼻の奥の臭いを消す衝動であることを知っている。

 俺は、冷蔵庫からベーコンの塊を取り出し、まな板の上で一センチ角の棒状に切り、真っ黒になるほどタップリ黒胡椒をまぶす。あきらかにやり過ぎなのだが、この男はそれが好みなのだ。強い酒と香辛料まみれのツマミの組み合わせ。多分、この男の死因は胃癌だろう。

 男の名は大塚という。職業はヤクザ。アチラの筋では有名な男だ。知らない者は知らない。堅気と思い込んだまま、堅気として付き合ってる人間も多い。
 この辺りを取り仕切っている組の主宰者だ。つまり組長。但しシマは小さく、盃を交わした子分も少ない。

 俺は、炒めたベーコンを皿に盛って出した。その時、ふと扉に嵌め込まれた擦りガラスの向こう側に立つ人影に気づいた。

「アレは誰です?。」
 俺はそう問う。

「おっ。」
 まるで落とし物に気づいたように大塚はサッと立って、店の外へ出ていった。すぐ戻ってくる。一人の若者を連れていた。大塚はフットワークの軽い男だ。そんな気安さも本性を見せない騙しの手口だが。普段から意識して練習するのが重要らしい。だからこの男はいつまでたっても、ヤクザらしさが身に沁みつくことがない。

 入ってきた若者は、まだ十代かせいぜい二十歳になったくらいのガキだった。俺には見覚えがない。多分、新入りだろう。

 大塚は自分の隣に若者を座らす。入り口に近い方だ。察するに、護衛役といったところか?。ただ少々奇妙に感じたのは、大塚が今まで護衛なんて連れてきたことがないからだ。一人で行動するのが好きな男なのだ。本人も優秀なせいか、他人に期待することが薄い性格をしている。その点も組長らしくない男だ。
 もっとも俺は、ヤクザの事情に深入りする気はない。なので今考えたことはすぐに忘れた。

「ご注文は?。」
 と俺は何事もなかったように、若者に問う。

 若者は礼儀として、大塚の顔を窺った。組長である大塚を恐れるふうはない。目に力がある。視線が強い。肝が据わっているなと思う。これで仕事ができれば出世するタイプだ。

「酒はダメだ。」
 と大塚は言った。
「一応、仕事中だからな。酒が飲みたいなら、俺が帰ってからにしろ。その時は、もう一度この店に寄れ。若本、悪いがその時は、俺のツケで飲ませてやってくれ。代わりに食い物を出してやってくれ。唐揚げでいいだろう。山盛りをコイツに食わせてやってくれ。」

 そう言われた俺は、電気式フライヤーのダイヤルを捻って油温を上げる。冷凍庫から、業務用の唐揚げの袋を取り出す。凍ったままの唐揚げを油の中に放り込む。
 手抜きではないと弁明しておこう。昨今はホテルの朝食バイキングでも冷凍物を使うのだ。それだけ冷凍食品の質が上がっている。

「コイツが無口なところは気に入ってるんだが、時折静か過ぎて存在を忘れちまう。後ろからついてきてるんだが、店の外に置き去りにしちまいがちでな。」
 と大塚は酷いことを言う。

 俺は唐揚げを手早く揚げると、大皿に盛って若者の前に出す。

 それから暫くは、大塚はゆっくりウイスキーを嘗めるように飲みつつ、時折黒胡椒で真っ黒になったベーコンを左手の箸で摘まんだ。若者の方は、揚げたての唐揚げを食べている。

「最近、どんな連中が来てる?。」
 何気に大塚が尋ねてきた。
「特別な連中は来てませんね。最近は西村さんも顔を出してない。」
 と俺は答えた。

 堅気の客の話ではない。

 俺の店は、とある事情で、あまり真っ当でない客が来ることが多い。それには理由がある。中立地帯じみた扱いを受けているのだ。この店の中では争わない。たとえ親の仇であろうと。そんなルールだ。不文律で明確な規約はないが、今のところは守られている。

 実際、そんな場所が町に一つくらいあるのは便利だそうだ。目立たない適度な小ささも丁度良いらしい。俺からすれば迷惑な限りだが、俺の抗議が受理される見込みは今後もなさそうだ。出来ればそんな連中の入店は誠意をもってお断りしたいところだが、俺に拒否権はなかった。

 ちなみに、西村というのは知り合いの警官だ。つまり警察もグルだ。全部ではないが、俺の店を情報交換の場にしている。俺は、料金を踏み倒されないことのみ心配している。他はもう諦めた。俺は一店舗経営者として、金に貴賤なく、悪党の金だろうと金は金だと主張したい。

 西村が顔を出さないのは、この町が平穏である証のはずだ。基本そう考えて間違いはないと思う。ただ何事も例外はある。警察も感知できてない深度で、何事かが蠢動しているのなら話は別だ。

 大塚は優秀な男だ。危険は出会う前に回避する嗅覚を持ち合わせている。こんなふうに夜歩きしてるのなら危険はないはずなのだが、そんな男が何故か今、護衛をつける必要を感じている。
 これをどう判断すればよいものか?。とりあえずキナ臭く、できればトバッチリを食いたくない状況だ。

 三十分ほどで大塚は切り上げ、店を出て行った。彼らが出ていってから、俺はふと気づいた。

 そういえばあの若者、俺と初対面で少しも驚かなかった。俺の女装は、たとえあらかじめ聞かされていても、初見では必ず驚くと定評がある。俺も我がことながら同意する。逆の立場なら、俺だってビックリするだろう。
 だというのに、あの若者は顔色すら変えなかった。



 三舎会。そう呼ばれる組織がある。

 地方ヤクザの団体だ。そこそこの規模を誇っている。ヤクザの互助団体という表現が最も近い。複数の組が協定を結び、利益を都合しあっている。

 盃による繋がりをヤクザと呼ぶなら、三舎会はヤクザと呼べないかもしれない。中小企業連合に近いだろう。協定に盃事を持ち込まない斬新さが特徴だ。本家・分家・系列・筋目をひとまず脇に置き、仕事だけに絞って利益を都合しあう。組織というよりネットワークに近い。

 目的は、端的に言ってしまえば営利活動の効率化だ。そして相互援助。

 そのため、従来のウエットな様式を棚上げすることにした。重視するのは地域性であり、隣接する土地に根差した者同士、手を組みましょうということだ。その上で、共存共栄を目指す。

 ただ実現は難しい。ヤクザにとって盃事とは、抑止力と同じだ。形として目に見えるようにした秩序と呼んでもよい。それを無視するという事は、秩序を失うという事だ。そうすれば小競り合い等のトラブル頻発は避けられない。

 ここで、大塚が登場する。そもそもこの三舎会設立の発起人は、大塚だった。

 利益の面でメリットの多い半面、安全保障の面でのデメリットが大きい。相互不可侵を担保する信頼を形にした盃事の排除は、三舎会のシステムとしての根源的な欠陥だった。

 大塚は、その矛盾を自分の調停力で誤魔化した。優秀なネゴシエイターとして能力をフルに発揮し、対立する者あらば妥協案を提示し、呑ませ、団体としての体裁を維持した。

 つまり、三舎会は大塚個人の才能に依存している状態だ。もし大塚がいなくなれば、空中分解するだろう。そんなものに何故他のヤクザたちが参加しているかというと、単純に利益になるからだ。もし三舎会が空中分解したところで、彼らは元の状態に戻るだけで何の損もない。だから沈黙している。言い方を換えれば、大塚の口車に何もかも承知した上で乗っている。

 大塚組が小さいことも、重要な理由の一つだろう。つまり脅威ではない。弱さに対する安心感が参加を促しているともいえる。ただ大塚は、昔からわざとそれを狙っていた。大塚組のシマを狭く、構成員も少なく抑えてきた。反発や敵愾心を持たれないように。

 ネゴシエーションとは感情だ。交渉に理性が占める割合は、思いのほか少ない。妥協も納得も、判断は感情が主導するものだ。だから大塚は、誰とも敵対しないよう巧妙に立ち回った。大勢力の狭間に位置する第三勢力。それこそが大塚にとってのベストポジションだった。そのために必要とされる自分の役割を、それまで黙って演じてきたのだ。

 そしてタイミングを見計らい、三舎会の構想を説いて回った。話に乗って参加した組には十分な利益を還元した。聞かされたメリットが現実の目に見える形になってくると、他の組も続々協定に加わりすぐ団体として大きくなった。

 最終的に、大塚は、三舎会の会長という地位に収まった。最初からそれが狙いだった。察した連中は多かったが皆、素知らぬふりをした。そんな形式など、得られる利益に比べればどうでもよかったからだ。大塚の本性など、誰も問題にしなかった。

 かくして大塚は、巨大組織の頂点に立った。相続ではなく独力でだ。ただし好き勝手自由に使える力ではない。何故なら、実質メンテナンス係に過ぎないからだ。実力で他を押さえつけるには、大塚組の小ささがネックだった。だからこそ会長になれたのではある。が、調停者としては抑えが効かない。弱い奴は常に舐められる。そういうことだ。

 だから指示一つにしても、大塚は頭を下げて回る。トラブル発生時は率先して出向き調停する。弱みはとんでもなく多い。大塚はそれを自身の口先ひとつでなんとか凌いでいるのが実情だ。



 今回の一件に関して、ようやく俺にも事情が見えてきた。こう見えて、俺の情報網は広い。この界隈限定ではあるが。駅前商店街振興組合加盟店として、良好な人間関係を築いてきた賜物だ。他商店街との親交だって厚い。人脈は商売の基本だ。俺はそのための付き合いを一度も欠かしたことがない。

 簡単に言ってしまえば、三舎会内の内輪揉めだ。本来なら、大塚が出向いて舌先三寸で丸め込むのだが、今回は大塚が渦中の人らしい。そして得意の交渉力だけではどうも押えきれない相手のようだ。

 大塚は、敵少なくして生きてきた男だ。それが大塚メソッドだ。だが、皆無というわけにはいかなかったらしい。そもそも人が人を憎むのに、大した理由はいらない。ツラが気に入らないというだけで、人を他人を十分憎める。

 不穏な空気は臭うものだ。大塚はおそらくとっくに敵の目星をつけて、このシナリオを用意したのだろう。護衛を連れての、夜間の徘徊。連日の飲み歩きとハシゴ酒。襲ってくれと言わんばかりだ。

 大塚は多分、貸しを作る気だ。

 それにしても、大塚がいなければ三舎会など維持すらできないだろうに。あまり頭の良くない敵のようだ。なのに大塚をもってしても抑えられない事情がある。厄介だ。地位も名誉も大塚を働かせるためのエサに過ぎないと、頭の良い奴は割り切っているというのに。それとも自身の利益を度外視するほど憎んでいるのか?。

 そして実際襲われるのは、あのドスの受け方も知らなさそうな護衛役のガキだ。いや、死体役と呼ぶべきか?。その運命はもう決まっている。



「最近、三舎会の中がゴタついてるみたいだな。」
 久しぶりに店へやってきた西村がそう漏らした。
「そうですか。」と俺はとぼけた。どうやらようやく県警でも情報を掴んだらしい。
「あそこはいっつも、何かしらゴタついてますよ。だからこそ大塚さんの出番があるんだ。なだめ役としてね。」

「今回ばかりは抑えきれねぇってよ。何しろ標的が、大塚本人らしい。嫉まれちまったのかどうか知らんが、有能過ぎるのも善し悪しってことかな?。こうなると、オツムの出来の違いが、少しも羨ましくないねぇ。俺は無能に生まれてよかったよ。嫉まれるどころか誰も相手してくれない。」

 そう言った西村は、コップのビールを煽る。基本、西村が飲む酒はタダだ。この男は俺の店で金を支払ったことがない。別の誰かが払うシステムになっている。月末になると、誰かが店にやってきて、まとめて支払う。支払う人間の顔ぶれは毎回違う。一度きりの顔もあれば、何度も繰り返す顔もある。ローテーションを組まれているようだ。順序は知らない。

「県警の対応はどうなんですか?。」と俺は問うた。
「一応の警戒…のフリをすることになってる。」「フリだけかよ。」
「ヤクザ同士の喧嘩だ。殺し合ったところで誰も困らん。とばっちりさえ堅気にかからなけりゃな。ちなみに担当は俺だ。」
「西村さんが?。」
「俺ひとりだけだな。つまり上の方はそれだけ楽観視してるってことさ。大塚は警察にさえ信頼されてるってワケだ。俺よりずっとな。それでも、もしもの時の切り捨て要員は必要ってわけで、俺はその生贄役だ。」
「捨て身で生きてるなぁ。」
 と俺は呆れる。自分がトカゲの尻尾と知った上で、平気でいられる神経も大したものだ。

 が、西村は何でもない事のように言った。
「恩を売っておくのさ。浮世のすべては貸し借りでできてる。貸した分だけ利益を享受し、借りた分だけ苦労する。俺は誰かにとっての都合よい人間になることで、普段の素行に目を瞑ってもらう。格別損はしてない。」
「やな警察だなぁ。」
「行政機関に善悪はねぇのよ。そんなものは司法が決める。警察は行政機関として、社会が円滑に動くことだけ考えてればよいのさ。」
「勝手な言い草だ。」俺は肩をすくめた。

「で、西村さんはどう見る?。」と俺は問うてみる。
「俺も楽観視してるさ。相手は大塚。堅気に迷惑かけるヘマはしないだろう。そんな醜態晒したら、県警も黙っていられん。全力で武力介入が始まって、大塚も、大塚を敵視してる奴も、ついでに俺も含めてみんなお仕舞いさ。でも、大塚がうまく処理するだろうよ。」
「今回は犠牲者が出るかもしれん。」と俺は言う。

「相手は堅気か?。」「堅気…ではないかな。」「じゃあ、別にいいじゃねぇか。」
 と西村はバッサリ言い捨てた。どうも話が通じないようだ。

 県警の出方も、おそらく大塚は計算済みだと思われる。つまりは今のところ、警察も含めて大塚の敷いたレールの上を進んでいる。

 大塚のことだ。今度のことに関わるほとんどの人間が、不幸にならないシナリオを用意してるだろう。その程度には俺も信頼してるし、それが大塚のやり口でもある。敵を作らない生き方というのは、そういうものだ。

 ただ確実に不幸になる奴が、一人だけいる。関わらなければよいのだが、それでも胸のモヤモヤが収まらないのだ。



 俺の店は小さいものの、酒類だけはそこそこ一定量消費されるので、酒屋へ定期的に発注し配達を頼む。
 が、料理の材料は別で、俺が気に入ったものを、気に入った店で買い足すことにしている。その方が料理に変化が出るし、そもそも俺が飽きない。所詮、定番料理もない店だ。だからこその、俺の気分次第。時期や旬も考慮に入れつつ、実は一番大事にしているのは材料費だったりする。

 俺は、同じ駅前商店街のかばん屋が試作した大きな帆布製エコバックを持って歩いていた。そこには買い込んだ食材が詰め込まれている。
 使い勝手の感想を頼まれているのだ。帆布は固く分厚く、縫製は難しいが、丈夫で風合いがあって、作り手の個性を出しやすい。さらに言えば、作り難さゆえに、小ロット生産に向いている。
 そのかばん屋は、昔から近所にある小学校のカバンを一手に卸していた。しかし少子化著しい昨今、受注は右肩下がりで、起死回生の一手として帆布製エコバック開発に意気込んでいる。

 俺としては無碍にもできないので、こうして意味もなく歩き続けているわけだ。

 思えば近年、この辺りで暮らしているのは、年寄りばかりが目立つようになった。駅前通りなんて俺がガキの頃は、若い主婦層で賑わっていたものだ。特に夕方ともなれば皆、子供を連れて買い物カートを片手で転がしながら歩いていた。
 その日必要なものを必要なだけ近所で買って帰る。主婦が車を利用して遠出するスタイルが確立するなんて、当時は思いもよらなかった。冷蔵庫が大容量高性能化したせいか、車がみんなオートマチックになったせいか?。

 俺は、駅前通りをまっすぐ下りる。すると、大きな湖に突き当たる。湖のほとりは公園になっている。昔と比べて随分、綺麗になったものだ。スッキリして自転車の無断駐輪ひとつない。かつての姿を知っている者にとっては、信じられない光景だ。

 昔は休日ともなれば、この辺りは釣り人で埋め尽くされたものだ。老いも若きも、この町に暮らす者の趣味は釣りと相場が決まっていて、どいつもこいつも揃いも揃って岸ギリギリまで自転車で乗り付け、数メートル間隔で一斉に竿を出していたものだ。
 そのころはまだ公園ではなく、歩道とささやかな植え込みと防波堤があるだけだった。そして歩道を含めあらゆる隙間が乗りつけた自転車で埋め尽くされ、歩行すら困難だったものだ。

 それが今や閑散としている。世間では、釣り以外の趣味が増えたせいもあるだろう。岸を遠くまで見渡しても、ルアーを放り投げている釣り人が、ポツーンポツーンと点在してるだけだ。その代わりかつてはいなかった自家用ボート使用者が、沖から魚を狙っている。特定外来種のブラックバスが目当てらしい。
 あの狂乱じみたかつての乱雑さぶりが、今では夢か錯覚だった気がする。

 湖岸公園に入ってすぐ左には、水上警察のドックがある。赤い塗装の警備艇が、四門の赤い放水銃で武装し浮かんでいる。右手には、よく整備された芝生とベンチがあって、そこに大塚が一人、腰かけていた。手にiPadを持って何かしている。多分、仕事だろう。

 時代は変わったものだと改めて呆れる思いがする。ヤクザとiPad。この世で最も似合わない取り合わせだ。真昼間公園のベンチに座りながら、iPadで仕事するヤクザ。開いた口が塞がらない気のする俺が古いのだろうか?。

「大塚さん。あんた狙われてるんじゃないのか?。いつも連れてる若いのはどうしたんだ?。」
 俺は近づいて、声をかけた。店じゃないので、言葉遣いが多少ぞんざいになるのは仕方ない。

 大塚は、iPadの液晶画面から顔を上げてこちらを見た。手元をよく見ると、使っていたのはiPadではなくiPad Proだった。そういえばこの男はスペックマニアだった。
 大塚の表情がすぐれない。何か痛みに耐えている雰囲気だ。他人にそんな表情を見せないタイプのはずだが、幸いここには俺しかいない。別に、俺だけに心を許しているわけではない。演技で人の心を操るのが日常茶飯事の男だ。この男のやることなすこと全てが、如何なる場合であろうと意図的なのだと用心しておかねば、とてもじゃないが付き合いきれない。
 が、今回のはわざわざ俺に対して自分の不健康さを隠す必要がないってだけだろう。そしてその原因にはすぐに思い当たる。

「飲み過ぎか?。」
 連夜のハシゴ酒が祟っているに違いない。頑丈な男だが、内臓は別だ。格別酒に強いというわけではない。だから水割りにしとけばよいものを、ストレートばかり飲むからだ。普段は合理的なくせに、妙なところでこだわりが強い。

「チッ、胃が痛てぇなぁ。おまけに胸が気持ち悪い。」
 と、大塚はみぞおちのあたりをさする。すぐ脇にH2ブロッカー系の胃腸薬の空ケースが転がっている。とうとう胃を痛めたらしい。

「さすがに真昼間から襲ってこねーか。」
 平日の昼間だけに、俺たちの周囲には誰もいない。がらんとしている。特に隠れられるような何かがあるわけではない。芝生があるだけで、スッキリ見通しが効く。遠くの方で数名の釣り人がルアーを繰り返し投げている程度だ。そもそも水上警察ドックのすぐ傍で、物騒なことをする奴はいないか。

「臆病な奴なのさ。欲深く意地もある。でも行動に出るにはキッカケがいる。人の心は弱いもんだ。それもこんな古くて穏やかな町で育った人間には、心理的なハードルがさぞ高かろうよ。その点に関しては、俺も見積もりが甘かった。夜歩きだけで十分かと思ったが、このままだと奴が動く前に、俺の胃がどうにかなっちまいそうだ。」

「あのガキは死ぬのか?。」
 俺はできるだけ感情をこめないように気をつけて言った。わざと相手に手を出させて、思い通りに操るのは古典的過ぎるヤクザの手口だ。が、廃れぬがゆえの鉄板だ。負い目は人の心を従順にさせる。

「さあな。アイツの運次第だ。ひょっとしたら死ぬまで行かないかもしれない。そうでないかもしれない。無事じゃすまないのだけは確かだ。俺はそうお膳立てしたし、そうなってもらわないと困る。」
 大塚の言うとおりだった。それがヤクザだ。いつの時代だろうと、命を張る瞬間を求められる。生き残ったら箔がつき、周囲の目も変わる。死んだらソレッキリ。嫌なら、最初からヤクザにならなければよい。全て自分で決めたアイツの責任だ。

「俺を責めるか?。」と大塚は言った。
「いや。」と俺は言った。「当然だと思う。何故なら、お前はヤクザだからだ。」

「言ってる内容と表情が違うなぁ。」
 大塚はそう言って、初めてニヤリと笑った。相変わらず嫌な癖だ。他人の内心の葛藤とか苦悩とか相反する気持ちのせめぎ合いを見るのが大好きなのだ。

「今、メールを一斉送信した。今度、三舎会で受注する仕事の件だ。」
「何か大きな仕事か?。」
「それなりにな。駅横の大きな百貨店があるだろ。」

 それは、俺たちがガキの頃に出来た古い百貨店だ。今ではそうでもないが、当時は鉄筋六階建てのビルで、屋上にミニチュアの遊園地まであるなど都会にしかない商業施設だった。それまで駅前通りの小売店をハシゴするのが買い物という行為の常識だった俺たちにとって、眩いくらい新しい存在だった。

 建てたのは、地元の名士でスーパーマーケットをチェーン店展開する企業の創業者だった。いくら駅横とはいえ、大して乗降者数もないこの立地で、かなり分不相応なはずだったが、当時はまだ町の人口比率が若年世代寄りで、十分採算は取れていたようだ。あの時代は、まだガキだった俺たちを含め、町全体が若かった。

 が、それも今や昔話だ。町も俺たちも老いた。若い世代は湖の向こう側に行ってしまった。今ではまるでかつてのこちら側を見るような住宅地が多数存在する。その客層を見込んで、大型アウトレットも完成した。生活様式が変わったのだ。歩いて近所の小売り店で買い物するのではなく、車に乗った主婦がアウトレットモールに通う時代だ。
 その百貨店は、駐車場がないのが致命的だった。車で買い物なんて発想がなかった時代のビジネスモデルなのだ。その上、駅の乗降者数はますます減ってしまった。
 だから、閉鎖された。今はただのゴーストビルディングだ。

「で、取り壊して更地にする仕事を三舎会で請け負うことになった。」
「大きな金が動くな。」
「まぁな。古い付き合いと古いつながりしかない古い町でも、それなりの稼ぎ方はあるのさ。」
「ヤクザも職業としてはもう古いけどな。」
「今も昔も変わらぬ商売の手法さ。古い付き合いを大切にしつつ、新規顧客を開拓する。基本だろう。」
「経営者としては耳の痛い話だ。」

「で、例の奴を仕事から外すことにした。調整は済んでる。というか、ようやく済んだ。奴は、三舎会にとって有害であるという共通の認識を確立できた。そのペナルティとして今回の仕事に参加させない。その合意と承認を得た。無論、非公式だが、何処からも文句は出ない。そうなっている。俺がそうした。」
 大塚はそう言って、手に持ったiPad Proを軽く持ち上げた。

「で、奴はそれなりに追い詰められるわけだ。一度舐められたヤクザはもう廃業したも同然だ。何もしなきゃ、このまま消える。俺に詫びを入れてくるなら使ってやるが、まぁないだろうな。」

「チャカを使ってくるか?。」
「そんな度胸がありゃ、もうやってるさ。ドスを振り回して最後の意地を見せて、どうにか五分の形で手打ちに持ってゆこうと算段するだろうよ。そんなことさせんが。」

「そしてあのガキは死ぬわけだ。理由は聞いたのか?。なんであのガキは、ヤクザになりたがった?。」
「そんなこと知ってどうする?。」
「あのガキは、俺に怯えなかった。だから興味がわいただけさ。今まで俺に初対面で怯えなかった人間は、一種類しかいねぇ。それはこの世の未練をサッパリ失って投げやりになってる連中だけだ。」
「だからヤクザなんだろ。真っ当に生きる退屈さより、刺激のある死を求める性分なだけだろう。」
「フン、そんなホンモノ、今時いるかよ。」
 と俺は吐き捨てた。

「ありゃ、居場所がなくて落ちてきたタイプだ。刺激もクソもない。他に選択肢がなかっただけだろう。」
「だからどうした?。あのガキが死に場所を探してたからといって関係ないな。俺はそれを利用した。万一あのガキが生き残ったら、俺はそれなりの報酬を与える用意がある。その意味で、五分五分の取引だ。奴は生きてりゃ自分の居場所を手に入れられる。死んだところで元々だ。」

「そうだな。まったくその通りだ。ただ俺は、それでもって思っちまうだけだ。あのガキは自分で死ぬ覚悟を決めた。そこに何の文句もねぇ。ただそれでもって俺が勝手に思っちまうだけだ。」



 俺の居場所が、社会のどこにもないことに気づいたのはいつからだろう?。俺は善人と呼ばれるほど立派な人間でもなかったが、悪党と呼ばれるほど悪いことをした覚えはない。

 そうだな。喧嘩は強かった。でも他人の物を盗んだことはないし、力づくで奪った覚えもない。平気でそれをする悪い奴は何人も知っているが、俺はそうではなかった。人としての成り立ちが根本的に違うと感じたし、平行線で交わる存在ではなかった。

 が、普通の人間の群れにも混じれないと分かった時には、心底困った。混じろうとしても油のように浮いてしまう。波長が合わないというか、自分の異質感を強く自覚するだけだった。

 俺が混じると嫌な雰囲気になるのが嫌で、自分から距離を置くようになった。当然のことながら、俺がいなくても彼らが困ることもなく、俺は初めからいなかったものとして扱われるようになった。
 それはそれでよかった。逆に気楽だった。気を使われる方が俺はもっと辛かった。

 俺は孤独になった。他人に必要とされないことは苦にならなかった。俺からしても、そんな人間はどうでもよかった。いわばお互い様だった。

 ただ社会に必要とされない、世の中に何ら益しない自分であることは、どうしようもなく居心地が悪かった。存在意義とか生まれてきた意味とまでは言わないが、それでも居場所がないのがこれほど辛いものかと初めて思い知った。

 学生時代はまだよかった。が、社会に放り出されると、俺は何者にもなれない自分と直面する羽目になった。置き引きや万引き犯のような小悪党にさえなれないのは我ながら笑えた。取り締まる側はともかく、取り締まられる側にさえなれないとは滑稽だ。道徳観念とか関係なく、単純に性格として合わなかった。それは俺の魂を充たすものではなかったからだ。

 自暴自棄に至るまでそう時間はかからなかった。大塚さんと出会ったのは、そんな時だった。

「死んでくれる奴を探してる。」
 そうハッキリ言われた。場合によっては死ななくてもかまわない。が、最低でも死ぬほどと誰もが認める大怪我をして欲しい。それが大塚さんの依頼だった。

「そういう仕事だ。」
 と、言われた。仕事という言葉に、俺は惹かれた。ただ何故、俺に声をかけたのか不思議だった。
 出来そうな人間は見ただけで分かるのだ、と大塚さんは言った。そうなのか、と俺は納得した。何故なら、俺はまさにそんなことのできる人間だったからだ。もしくはそんな出会いを待ち望んでいた人間だからだ。同情でも憐みでもなく、俺個人を見込んでの依頼。それが文字通り命懸けなら申し分ない。

 死ぬなら、自殺でよいはずだ。死ぬ仕事なら、大塚さん以外にも依頼者がいるだろう。

 が、俺が死ぬ理由として、それでは足りないのだ。不十分なのだ。俺は保健所で薬殺される犬ではない。俺という人間が死ぬには、俺自身が納得ゆく理由が必要なのだ。

 最終的に、決断した理由には色々ある。大塚さんの人となり。曲がりなりにも仕事として依頼してくれたこと。俺の死が実際どのように有効活用されるかの説明してくれたこと。万一、生き残った場合の報酬。このチャンスを逃したらまた無為に生き続けなければならないという恐怖。もしかしたら開花するかもしれない自分の将来の可能性の確率。そんなことあり得ないという絶望的確信。とにかく色々だ。

 そんな何もかもひっくるめて表現するなら、大塚さんと波長が合ったとでも言おうか?。結果として納得できたから、理屈はどうでもよいのだ。重要なのは俺自身の気持ちが収まること。

 俺は大塚さんから杯を貰って親分子分の関係になった。本来なら、何年もの修行が必要らしいが、仕事の都合上杯を貰っておかないと話にならない。身内となった俺が死ぬから意味がある。そして俺は、大塚組の急造組員となった。

 他の組員の人は皆優しくしてくれた。おそらく短い付き合いになる俺の仕事の内容を聞かされているのだろう。もっとも皆スーツを着て、ヤクザには見えなかった。どこにでもいる会社員にしか見えない。ヤクザなどと正体を明かされても、信じられないくらい中身もみんな普通の人だった。少し羨ましい。

 無価値のままで生きていたくない。誰かの役に立ちたい。その渇望が俺を突き動かしている。

「おまえは無駄に頭がいいなぁ。」
 そう言った俺を、誰かがそう評した。確かに無駄かもしれない。ただ生きてゆくだけなら頭なんていらないと俺も思う。しかし息をするだけなら、わざわざ人間として生まれてきた甲斐がないだろう。

 相手は刃物で来るだろう。大塚さんはあらかじめそう教えてくれた。確かに俺はこの町で発生した発砲事件を聞いたことがない。だから大塚さんの言う事はきっと正しい。
 マトモに刺されろ。それが大塚さんの指示だった。避けることなく真正面から。それがお前の仕事だと。


 ある日の夜、俺は刺された。

 真夜中だった。ハシゴ酒して三軒目の途中。高架下の歩行者専用トンネルだ。車は通らない。日中は通学路に使われている。児童二人の影絵が描かれた黄色い標識が立っている。アスファルトに白線で『通学路』と大きく書かれている。しかし当然、この深夜に児童の姿はない。それどころか、通る人影もない。

 そこで俺は芝居のように、筋書き通り襲われ、筋書き通り刺された。完璧に予定通りだった。唯一の予定外と言えば、刃物に刺されるというのは俺が思った以上に、ずっと痛かったことだ。

 俺を刺した奴はすっ飛ぶように走って逃げた。大塚さんは追わなかった。翌朝には警察へ出頭するだろうと、大塚さんはあらかじめそんなことまで教えてくれていた。
 そして大塚さんは…逃げたアイツではなく、倒れた俺の、腹に刺さったナイフと傷口をずっと睨みつけていた。

 ポツリと冷静に言った。「浅い。」と。「ナイフが小さ過ぎる。これじゃどう見ても死なない。」

 大塚さんが困ってるようだと感じ、俺は無念に思った。俺の本意ではなかった。さすがに相手の使うナイフの刃渡りまで、俺にはどうしようもない。俺の努力の範疇外だ。こんなにすごく痛いのに。
 俺は、俺の腹に突き立ったナイフの柄を強く握り締めた。あともう少しだ。それで俺は、俺に依頼された仕事を完遂する。もう少しで俺の仕事も、この面倒臭い俺の人生ともオサラバだ。
 俺は、俺の腹に刺さったナイフを横に引き始めた。精一杯の力で。ジリッ、ジリッ、と肉が切れてゆく。痛い。物凄く痛い。信じられないくらい、死ぬほど痛い。いや、死ぬから痛い。腹筋も、内臓も、全部含めて切断されてゆく。

「もういいだろ。」
 大塚さんとは違う声が掛けられる。反射的に俺の手が止まった。一瞬、気が抜けた。それでもう二度とナイフを動かすことができなくなった。気合を一度はぐらかされると、腕に力が入らなくなった。いや、単純に痛みのせいか?。それとも出血か?。腹の傷はとっくに致命傷になっていて、俺はこれでもう十分死ぬのかもしれない。

 俺の視界に、巨大な人影が入った。身長は二メートル近い。体重は優に百キロを軽く超えている巨漢だ。その顔は、人間というよりマウンテンゴリラに近い。それが奇怪なことに真っ白いワンピースを着ている。

「西村さん、見てくれよ。こいつはもう致命傷でいいだろう。」
 そのマウンテンゴリラの隣に、貧相な中年男が立っていた。
「ああ。こりゃ死ぬな。死ぬ死ぬ。ほぼ確実に死ぬ。これはもう死んだってことでいいだろ。」
「そういうわけだ。県警の西村さんが太鼓判を押してくれたんだ。これで何か問題が起こったら、西村さんが進退をかけて証言してくれる。」
「勝手に決めるなバカヤロー。」

 そして、マウンテンゴリラは大塚さんを睨みつけた。
「なぁー。いーよなー。大塚ぁ。テメェの仕事には、これで十分のはずだよな。そうだよなー。後はテメェの得意な舌先で何とかできるよなー。」

 凄まじい表情をしている。メデューサだかゴルゴンだかの首は、見た者を石化させるというが、それに匹敵するかもしれない。そう錯覚させる迫力があった。
 ふん、と大塚さんは鼻を鳴らした。その子供っぽい仕草が、何故か今まで見てきた大塚さんとは別人のように見えた。

「ひさしぶりだなー。テメェのそんな顔を見るのはよー。本当は死んでくれた方が後々有利なんだが…まぁいいだろう。」

 俺の身体は抱きかかえられた。これでも結構重い方なのだが、まるで羽毛のように、軽やかに抱きかかえられた。お姫様抱っこだ。現在進行形で俺は死につつあるのだが、それでも恥ずかしくて死にたくなるものだと少々驚いた。人間、死ぬまで新たな発見とは出会えるものらしい。

 それから俺は、まるで飛ぶような速さで運ばれて行った。視力はもう半分失い始めている。それでも夜の町が後方へすっ飛んでゆくのが見えた。綺麗な光景だった。人生の最後に見るのがソレなら、なかなか悪くなかった。素直にそう信じることができた。感動がスルッと胸に落ちついた。

 ぽたぽたと、温かい水の雫が上から滴り、頬に落ちるのを感じた。冬の始まりにしては暖かい雨だと思った。

「悪くないな。」
 そう言って、俺は目を閉じた。そこから先のことは覚えていない。


にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

Amazonのおすすめ

プロフィール

pppppinco

Author:pppppinco
FC2ブログへようこそ!